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サリチル酸インドメタシン

常に肩凝っています。

沈黙 SILENCE

 映画を見に行ってきました。「沈黙」って小説の映画化をマーチン・スコセッシ監督がする、ってどこかで読んだのははるか以前のことだったと思いますが、とうとう映画が撮られて公開するっていうので、ぜひとも見に行かねばと思っていました。

 

 「沈黙」は、はるか昔に高校生だったときに夏休みの課題図書で読んだんですが、ものすごく印象に残っていました。当時はハードカバーで箱付きの本で。まだ、家の本棚にあるはずです。

 主人公のロドリゴが悩みに悩むあたりでものすごく感動して涙してしまった思い出があって。今回もそこで大いに泣いてしまうであろうと思っていました。

 

 あに図らんや、泣き所はそこではありませんでした。もう、前半の日本人信徒が次々に殉教していくあたりが最高潮でした。意外や、ロドリゴの悩みはそれほどでもなく、あれ?踏んじゃった。みたいな感じでした。

 これは、おそらく日本人の俳優さんの演技が半端なかったせいで、主人公の役をした人の思い入れが日本の俳優さんたちほどでなかったせいじゃないかと思います。

 

 それにしても。

 

 それほどまでに当時の日本人の人たちがキリスト教を信じた、その理由がどうにもよくわかりませんでした。西洋人たちがずっとキリスト教社会で、キリスト教徒なのはわかりますけど。どうしてまた日本人が。

 私は、実は中学生からミッションスクールで、毎朝ミサがあって、宗教の時間とかもあったわけですけども、ぶっちゃけクラスでも日曜学校などに行ってたのは、もとからおうちがキリスト教、って子くらいで。

 家が仏教なのにキリスト教徒になった子はほとんどいなかったんじゃないかと思います。ちなみに、うちは真言宗で全然仏教でした(笑)

 

 学校には、当時、「キリストに捧げられた」とかいう外国人の宣教師のおばあさんが居て、はるばるヨーロッパから日本に来られて、帰られることもなく日本の土地で亡くなられたんですが。

 それで、日本人にキリスト教を伝えようとしてミッションスクールなんでしょうけども。

 

 この人達は、もう故郷に帰ることは一切考えてなくって、それで日本に布教することが目的で。なにしろ、そういうことだから、ある意味命がけで。考えてみたら、それほどの使命感がなければできないことではあるよなあ…。とかは思いました。

 考えてみたら、戦前の共産党員とちょっと似てるのかも。

 

 宣教師たちがヨーロッパの覇権主義の尖兵なんだとしたら、戦前のコミンテルンも共産ソビエトの尖兵だもんねえ。どちらも、ある意味植民地主義の手先なわけで。でも、当事者はそういう意識はないよねえ?

 どちらも理想主義が国家に利用されていたわけだわねえ。

 

 考えてみると、韓国の慰安婦運動をしている学生たちにも通じるのかもしれないなあ。テレビとかでときどきそういう運動している韓国の学生を見かけるけど、もう正義に迷いがないもの。この動かしようのない正義を何故日本はわかろうとしないのか、と信じて行動してるよね。

 

 当事者は本気で、限りなく正義だけど、俯瞰して見るとまた違う様相が見える。

 

 ともあれ、映画はとても心に応えました。なんで又こんなに訴えてくるのか、もう一度よく考えてみたいと思いました。2時間40分もある映画なのに、息をつかせない展開で、原作に忠実なのにものすごく良く出来た映画だと思いました。映画技術がすごいのだなあと思います。アカデミー賞は、撮影部門だけノミネート。ちょっとしかかすってないのは、宗教すぎるからなのかもしれませんね。